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子育てが怖いと感じる話

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子供を育てるって怖い。

 

まだ親になって2年未満ですが、そう不安になる時があります。

 

 

子供が手を振り払って飛び出した、高い所に登って危ないものに手を伸ばしていた、なんて時もこっわ!と思いますが、そういう怖さとはまた違うものです。

 

自分の余裕の無さから生まれる行動の怖さ

子供って圧倒的に弱い立場なんだ、ということを意識した時、すごく怖くなります。

 

それは、親である自分が圧倒的に強い立場だ、という事と同義だから。

 

何度言っても言うことを聞いてくれない時、静止の声を無視される時、そんな事が続いた時。

 

かっとなって怒鳴ったり、思わず手が出そうになったり。

 

それをやり過ごして、冷静になってから、すごく怖くなります。

 

さっき自分がしようとした事は、抵抗も出来ない、逃げることも出来ない相手にしていいことだったのか。

 

また同じような事があった時、今より余裕がなくなってしまった時。

 

さっき以上のことをしないでいられるのか。

 

もしかしたら、そのうち一線を越えてしまうのではないか?

 

そうしてそのまま止まれなかったら?

 

ニュースで流れてくる児童虐待の事件、最初のきっかけがこの状況と同じでない保証はどこにもないのだから。

 

自分の行動が見られている怖さ

1歳半検診でやや言葉の遅れが指摘された息子も、最近は少しずつ語彙が増えてきました。

 

そうすると、教えた覚えのない発言や動きを見せることがあります。

 

電話をしている時の声や動き、夫が私を呼ぶ時の呼び方、意識していなかった癖。

 

子供って、よく見ているんだな。どこかで聞いたことがあるような台詞を口に出しながら、全く意識していなかった自分の姿を見せられて不安になりました。

 

子供の手本となれるような行動をしなくちゃ。私に出来るだろうか、と。

 

 

子供が最初に接する世界はこの家庭で、家庭内のルール、モラルが基準になる。

 

親の都合でルールを作ったりしていないか?ダメなことはダメと教えられるか?

 

この子が社会に出て幸せに暮らしていけるように、正しく導いてあげることが出来るのか。

 

自分の行動が子供にどれだけ大きい影響を与えるのか。そう考えるとすごく怖いです。 

 

この子は自分の延長ではない

そうやって不安になるたびに、思い出すのは

 

「子育ては私1人でするのではない」

「子供は親の付属品ではない。1人の独立した人間」

 

ということです。

 

ずっと1人で子供に向き合っていると、だんだん余裕がなくなってきます。

 

でも子供を誰かに預ける、と言うと、なんだか罪悪感を感じてしまう。

 

けれど、余裕の無いままそばにいて怒鳴るくらいなら、誰かに任せてリフレッシュして、それからそばに戻る方が子供にとってもいいことだ、と最近は思います。

 

昔は祖父母やご近所さんなんかが近くにいて、子供は母親以外と触れ合う機会が沢山あったのかもしれない。

 

それが今は無いのだから、母親以外と触れ合う機会を積極的に増やす意味も込めて、父親や祖父母、保育園、ベビーシッターなどに預けるのはむしろ良いことではないかと思います。

 

そうやって子どもの世界を広げてあげることが、子供の手本となるように努力するよりもっと大切なのではないか。

 

子供の手本となるように務めるのは親の義務だと思うけれど、1人の人間を、同じ人間の自分が正しく導くなんておこがましい。

 

それよりも、色々な人がいる、色々な考え方があると知って、自分自身で考えられるようにしてあげることが必要だと思います。

 

そうすれば、親だって間違うことがある、自分の家庭が世界の全てではないと自分で気づけると思うから。

 

 

子供だって1人の、自分とは違う人間。親の思い通りにすることなんて出来ないし、してはいけない。

 

何を言っても、どう育てても、最終的には自分のなりたいように育つ。

 

そうは分かっていても、きっとまた不安になって、子供を育てるって怖いな、と思うんでしょう。

 

むしろ、そう思えなくなった時が一番怖いのかもしれません。

 

ではまた。